今の抗がん剤が実質“最後の薬”…小川千鶴子さん語る後腹膜脂肪肉腫との苦闘

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小川千鶴子さん(フリーアナウンサー 書家/年齢非公開)=後腹膜脂肪肉腫

「全然、がん患者に見えない」って言われるんですけど、今年に入ってから「緩和ケアを今から調べて登録しておいたほうがいい」と言われたんですよ。でもご覧の通り元気なので、受け入れられませんでしたけれど……。とりあえず今の抗がん剤がいい感じに現状維持してくれているので、しばらく続けるつもりです。

 希少がんのひとつ「後腹膜脂肪肉腫」が最初に見つかったのは2011年でした。それから11年間に7回の開腹手術をし、23年からは薬を替えながら抗がん剤治療を続けています。

 それまで、風邪もひかない健康体だったのですが、あるときから食事をすると右胸の下辺りがポコッと出ることに気づいたのです。近所のクリニックでCTを撮ってもらったら、「お腹半分が真っ黒です」と言われました。

 すぐに大学病院を紹介され、病名が判明しました。後腹膜脂肪肉腫は、内臓の外側(腎臓、尿管、膀胱、大動脈、大静脈などの後腹膜臓器)の脂肪にできるがんです。脂肪の中にあるので、「これが原発です」というのがわからないやっかいながん。その大学病院でも症例はほとんどなく、診たことがあるという先生がひとりだけいらっしゃったという感じでした。

 抗がん剤も効かないので「切り取るのが最良の治療法」ということで、1回目の手術で2500グラムもの脂肪を切り取りました。

 その後はなんの治療もありませんでしたが、「この病気は繰り返すがん」と言われ、再発率が高いとのこと。案の定、13年に再発がわかりました。「大きくなる前に取りましょう」と、前回と同じところを開腹して取ったけれど、同じ年にまた再発して、この年は2度、手術を受けました。

 怪しいところはできる限り取り除く方針で、尿管の周りも丁寧に脂肪をそぎ落としてくださいましたが、その影響もあってか尿管が機能しなくなり、退院して5日後に高熱が出て、調べたら腎臓に細菌がたまる「腎盂腎炎」になっていました。

 尿管が塞がらないようにキープするステントを入れようにも詰まって入らない。それで、背中から管を通して腎臓から直接外へ排出する腎ろうを作りました。この先ずっと、管を通って袋に尿をためる生活になると知って、ひどく落ち込みました。

 月に1回、管を交換しなければならないし、なんとかして管が取れないものかとサードオピニオンまでしました。でも、結果は変わりませんでした。

 その後、先生のお話から、自分さえ気にしなければ温泉にも行けると知り、メンタルが徐々に復活。ドカンと落ち込むけれど、立ち直りも早いんです、私(笑)。

 数年後には、奇跡的に尿管にステントを入れることに成功して、おかげさまで腎臓から膀胱を通って尿を出せるようになりました。

 次の再発は19年でした。そして、そこからはほぼ毎年再発。記録を見ると、自分でも「私、よく生きてるな」と思います。

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