八角理事長(3)痛いからとか熱が出たから休む…そんな単純な話ではないんです
「私らの頃はなかったですね。ぶつかり稽古だけです」
──アメフトはヘルメットがあるからまだいいんですが。
「まあ、たまにですから。頭同士が激しく当たるのは場所中15番の2番くらいですかね」
──脳振とうなどはないですか?
「クラッとくるのは張り手の方が多かったですね」
──強い力士になるためにはどんな筋肉が必要ですか?
「柔軟性がある筋肉はいいんじゃないですかね。でも、柔軟性がある筋肉は瞬発力がないんですよ。硬い筋肉の方が瞬発力は出る。だから、柔らかい筋肉で瞬発力があるといいんですけどね」
◇ ◇ ◇
「休むのにも気力がいる」という言葉は、とても重みがありました。横綱としての責任感、アスリートとしてのさが、業のような執念もあるのでしょう。大相撲の伝統や文化を守らなければならないという思いにも、すさまじいものを感じました。とにかく、死に物狂いでやるしかない。それが横綱北勝海でした。その気迫があればこそ、冷凍治療という荒業にも耐えたのでしょう。そんな八角理事長に息抜きの時間はあったのでしょうか? その時、何をされていたのでしょうか? 次回はそのへんに迫ります。
▽八角信芳(はっかく・のぶよし=本名は保志信芳) 1963年6月22日生まれ。北海道出身。九重部屋に所属し第61代横綱となった。幕内優勝8回。1992年28歳で引退。八角部屋を立ち上げた。日本相撲協会理事を経て、2015年から日本相撲協会理事長。



















