差別に立ち向かったボールドウィンの孤独

公開日: 更新日:

 思えばトランプ政権時代に限った話ではなかった、と改めて思わせられる映画がある。先月から都内公開中の映画「私はあなたのニグロではない」。米作家ジェームズ・ボールドウィンの、差別に立ち向かう孤独な闘いをたどったドキュメンタリーである。

 孤独というのは文壇に出てからの彼が人種差別を逃れて長くフランスで暮らしていたからだ。キング牧師やマルコムXなどのカリスマたちとは裏腹の内気な風貌の彼が、やむにやまれず激しい公民権運動の先頭に立つ。それは若くして文壇で評価された彼の義務感の表れだったろう。

 監督のラウル・ペックはハイチ出身でアフリカと欧米各国を股にかけた活動家タイプ。その一徹ぶりは先に公開された劇映画「マルクス・エンゲルス」で明らかだが、ボールドウィンが出演した昔のテレビなど資料映像を丹念に調べ、社会にはびこる差別の構造を暴露しながら「活動家ボールドウィン」の肖像を描き出す。その手慣れた技は、人種差別を他人事のように思いがちな日本人にもわかりやすい。

 しかし本当に感動的なのはそういう描かれ方の中にさえ、内省的で引っ込み思案な「言葉の芸術家」ボールドウィンの姿がかいま見えること。映画では強調されないが、ゲイの黒人作家という二重の軛を背負った彼は、苦悩を内面に封じながら言葉を紡ぐ書き手だったのだ。

 エッセー集「悪魔が映画をつくった」は彼の繊細で鋭利な批評眼がわかる一冊だが、あいにく絶版。「ビール・ストリートに口あらば」は現在唯一、絶版を免れた中編小説だ。ハーレムに育った幼なじみの若いカップルが冤罪に見舞われる。その悲劇が19歳で妊娠した女ティッシュの一人称で語られる。終始不安な口調が切ない同作は「集英社ギャラリー世界の文学」第18巻「アメリカⅢ」(集英社 4700円+税)に収録されている。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?