著者のコラム一覧
北尾トロノンフィクション作家

1958年、福岡市生まれ。2010年にノンフィクション専門誌「季刊レポ」を創刊、15年まで編集長を務める。また移住した長野県松本市で狩猟免許を取得。猟師としても活動中。著書に「裁判長! ここは懲役4年でどうすか 」「いきどまり鉄道の旅」「猟師になりたい!」など多数。

「そばですよ 立ちそばの世界」平松洋子著

公開日: 更新日:

 個人が経営する東京の立ち食いそば屋26店舗を巡り歩き、ちゅるるとそばをすすり、店主の話に耳を傾けた一冊。あえて副題を“立ちそば”としたのは、「立ち姿に対する筆者の思いゆえ」とあとがきにある。メニューや値段、地図も添えられガイドブックとしても利用可能だ。

 読みどころはなんといっても自分の味をしっかり守る店主それぞれの味わい深いことば。そして、江戸後期から続く和製ファストフードへのリスペクトを胸にそばと対峙する平松洋子さんの、そばをすする音まで聞こえてきそうな描写の気持ちよさ。ピントがぴしりと合ったズームレンズをのぞいているかのように、頭の中に情景が浮かび食べたくてたまらなくなってくる。

 平松さんは食のエッセーで名を知られるけれど、飲んだり食べたりするのと同じくらい、食文化に興味があるのだと思う。そのため、味はもちろん仕込みや客層、店主の人柄やその人生にも話が及び、立ち食いそば愛好家がなぜそこに通うのか、読めばなるほどと理解できるのだ。

 登場する店の多くは、味だけではなく、それぞれの成り立ちにドラマがある。ラーメンの屋台から商売を始めて立ち食いそばにたどりついた飯田橋の「稲浪」、銀行員が脱サラして開業した虎ノ門の「港屋」、僕が昔からちょくちょく行ってる中野駅前の「かさい」も登場するが、毎日飲んでも飽きない味噌汁を念頭にツユを作っていたなんて思いもよらなかった。

 立ち食いそばはあまりにも身近な存在だから、普段それについて考える人は少ないだろう。行くのも馴染みの店ばかりではないだろうか。つまり、この本はすぐそばにある秘境巡りの本でもある。値段は少し張るけど大盛り(写真も多数)で歯ごたえ十分。書店で見かけたら立ち食いならぬ“立ち読み”で、相性を確かめてみて欲しい。

(本の雑誌社 1700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  2. 2

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  3. 3

    高市内閣の閣僚にスキャンダル連鎖の予兆…支持率絶好調ロケットスタートも不穏な空気

  4. 4

    葵わかなが卒業した日本女子体育大付属二階堂高校の凄さ 3人も“朝ドラヒロイン”を輩出

  5. 5

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    隠し子の養育費をケチって訴えられたドミニカ産の大物種馬

  3. 8

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 9

    高市早苗「飲みィのやりィのやりまくり…」 自伝でブチまけていた“肉食”の衝撃!

  5. 10

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑