著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「黒い手帳」久生十蘭著 日下三蔵編

公開日: 更新日:

 推理小説、現代小説、ユーモア小説、秘境冒険小説、時代小説と、幅広いジャンルの作品を書く作家は少なくないが、発表後80年以上たってもまだ面白いという作家は、残念ながら少ない。エンターテインメントは常に時代と寄り添うものであるから、それは致し方ない。それはエンターテインメントの宿命といってもいい。

 ところが中には例外があって、その一人が久生十蘭。たとえばこの作品集の表題作は、「新青年」昭和12年1月号に掲載された短編である。なんと85年前に書かれた作品だ。ルーレットの研究をする男がいて、その成果を書き留めた黒い手帳をめぐる話だが、私がこれを初めて読んだのは50年前。そのとき一度しか読んでないのに印象に残った短編で、懐かしさのあまり今回、久々に文庫刊行を機に再読。いまでも面白いとは驚きだ。

 しかし今回、それ以上に興味深く読んだのは「海豹島」。樺太の東海岸、オホーツク海に浮かぶ絶海の孤島を舞台にした短編だ。ここは、世界に3つしかないオットセイの繁殖場(あとの2つは、米領ブリビロッツ群島と露領コマンドルスキー群島)で、そのオットセイの生態だけでも興味深いというのに、この島を舞台にきわめて異色の物語が始まっていくのだ。すこぶるヘンな話なので、同好の士にはおすすめの一編である。

 この短編集を読んでいたら、波瀾万丈の大長編「魔都」を再読したくなってきた。

(光文社 1100円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  3. 3

    気温50度の灼熱キャンプなのに「寒い」…中村武志さんは「死ぬかもしれん」と言った 

  4. 4

    U18日本代表がパナマ撃破で決勝進出!やっぱり横浜高はスゴかった

  5. 5

    坂口健太郎に永野芽郁との「過去の交際」発覚…“好感度俳優”イメージダウン避けられず

  1. 6

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  2. 7

    板野友美からますます遠ざかる“野球選手の良妻”イメージ…豪華自宅とセレブ妻ぶり猛烈アピール

  3. 8

    日本ハム・レイエスはどれだけ打っても「メジャー復帰絶望」のワケ

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景