八角理事長(2)「とにかく毎日稽古して…死に物狂いですよ」
千代の富士と2人で1時間の三番稽古
──入門されたときは100キロですから、それほど大きくなかったわけですが、無理して食べましたか?
「いえ、普段通りです。体が小さくて動けるうちに上に上がって、それから体を大きくすればいいと思っていましたから。それにそんなに食べないんですよ。ステーキ屋とか行っても、仲間は何キロも食べるけど、自分は750グラムくらいだったな」
──部屋では兄弟子、千代の富士関とのぶつかり稽古が評判でしたね。
「最初の頃は大変でしたよ。自分が新入幕した時の横綱でしたから。その後、私も番付が上がり、(実力が近い)2人で何番も取り組む三番稽古というのもやりました。2人で1時間くらいやることもありました」
──理事長は“稽古の鬼”として評判でしたね。
「とにかく、毎日稽古して。本当に夢中でしたね。死に物狂いですよ。人の3倍はやりました。だから、もうクタクタですよ。朝稽古の後、昼寝するんです。3~4時間くらい。起きたら、いつも朝かと思ってた。それくらい熟睡するんです、昼寝なのに。もうクタクタだから」
──千代の富士さんも、よろいみたいな筋肉をつけましたよね。肩を脱臼してから。
「カメラの前ではちょこっとバーベル持ってたけど、基本的には腕立て伏せ。肩が抜けたときは1000回くらいやっていたと聞いています」
◇ ◇ ◇
いやはや、筋肉の塊、千代の富士関とサシで1時間もの三番稽古とは驚きました。他のスポーツは筋力、持久力、瞬発力、バランスなど、目的によってトレーニングが違いますが、相撲は四股とぶつかり稽古が基本です。それで筋力や持久力もつくし、首や下半身も鍛えられる。さらに、ストレッチを大切にされ、ケガをしない柔軟性を重視されていました。それでもやはり、生身でぶつかり合う力士はケガがつきものです。八角理事長のケガとの闘いは壮絶でした。次回はそのへんをうかがいます。
▽八角信芳(はっかく・のぶよし=本名は保志信芳) 1963年6月22日生まれ。北海道出身。九重部屋に所属し第61代横綱となった。幕内優勝8回。1992年28歳で引退。八角部屋を立ち上げた。日本相撲協会理事を経て、2015年から日本相撲協会理事長。



















