私は標準治療を選びました…梅宮アンナさん乳がんとの闘いを語る
知識を増やすことで正しく怯えられる
がんになったことは、私にとって“次なるミッション”でした。まるで「2025年の最前線の治療を体験してリポートを書くように!」と指示されたような気がして、一瞬にして世界が変わったのです。誰かに希望を与えられる人になろうと思いました。自分のためにはいい加減になるけれど、誰かのためだと思うと頑張れるから。たとえば、人の家の掃除は苦じゃないのと同じようにね(笑)。
がんを知ろうと思って、大量の本を読みました。受験勉強のようにノートにまとめて自分なりにがんを理解しましたし、がんになった方のお話を読んだり、聞いたりもしました。そしてたどり着いた結論が「標準治療」です。
これがいい、あれがいいといろいろな治療法を勧められましたが、私は標準治療を選びました。標準治療しかしないと決めました。治ったときに「標準治療だけで社会復帰できた」というエビデンスのひとつになれると思ったからです。でも、「標準治療で必ず自分の命が助かるわけじゃない」ということも理解しています。大事なのは、たとえ助からなくても納得できる、その覚悟だと思います。
抗がん剤治療は過酷でした。さまざまな合併症を引き起こしました。一番大きかったのは「肺炎」です。肺炎を治療する薬で水を飲む力も出なくなって、心が折れそうでした。
肺炎を機に予定していた抗がん剤治療をいったん休み、前倒しで右乳房の摘出手術になりました。術後は腋窩の筋肉をはがされたことによる痛みが激しく、退院後ですら痛み止めを飲んでも毎日涙が出ました。
極めつきは、最後の抗がん剤が終わって2週間後から始まった放射線治療です。毎日1回、週5ペースで16回照射するこの治療がじつは一番苦しかった。抗がん剤の副作用が残る中、放射線の副作用が加わるのです。皮膚が腫れ、硬くなって引っ張られる痛みがどんどん加速して、睡眠導入剤がないと眠れませんでした。
数えきれない苦しさを乗り越え、抗がん剤、手術、放射線が終わったのは2025年4月5日。今は、来年3月まで続く錠剤の抗がん剤と、10年続くホルモン剤を飲みながら経過観察中です。
がんサバイバーとして、国内外のがんの学会でお話をする機会に恵まれました。がん患者の肌のためのクリーム開発に関わるなど、いろいろな活動に携わっています。
がんは自分との闘いです。知識を増やすことで正しく怯えられることを知ったので、それをたくさんの人に伝えたい気持ちが芽生えました。目下、日本版「TEDスピーチ」でプレゼンテーションするのが目標です。がんをどう乗り越えていくか、ちゃんと人に刺さるように話したい。限られた18分間で、どこまでそれができるかが難問ですけれど(笑)。
(聞き手=松永詠美子)
▽梅宮アンナ(うめみや・あんな) 1972年、東京都出身。「JJ」「CLASSY.」「VERY」など人気女性誌の専属モデルを務め、テレビに多数出演。洋服のプロデュースも手掛ける。2002年に女児を出産。24年に乳がんを公表し、25年に再婚。現在はがんサバイバーとして国内外で講演を行い、医療に貢献。著書「フルコース がんと私と家族の日々」では赤裸々に半生をつづっている。
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