医師を困らせる患者さんの「無関心」…どんな意思なのか見抜けない
18世紀のアイルランドの政治家E・バークは「悪逆が大勝利するのに必要なのは善良な人々の無関心だ」と言いました。
この「人々の無関心」は日本社会の場合、すべてを知った上での「わきまえた人たち」の賢明な判断としての無関心なのです。
昔、大学病院の医師による不同意堕胎事件がありました。結婚を控えた大学病院の医師が、別の看護師を妊娠させてしまい、自宅で栄養剤と偽ってオキシトシンという子宮収縮剤を投与して堕胎させた、というものです。産科の現場ではそんな目的で子宮収縮剤は使用されていません。誰もが首をかしげる話です。
結局、その医師は、裁判で「社会的制裁を受けるなど酌むべき事情もある」として実刑とはならず、執行猶予つきの判決となりました。勤務先の病院を懲戒解雇されたことが「社会的制裁」とされたようです。
「産科でもない医師がこんな危険なクスリを、しかも自宅で使うかなぁ? もし事実なら殺人未遂? でも詳しいことは当事者しかわからないし、まぁそういうことで収まったんだったらいいんじゃない」