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永田洋光スポーツライター

出版社勤務を経てフリーになり、1988年度からラグビー記事を中心に執筆活動を続けて現在に至る。2007年「勝つことのみが善である 宿澤広朗全戦全勝の哲学」(ぴあ)でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。近著に近著に「明治大学ラグビー部 勇者の100年」(二見書房)などがある。

W杯ではその国が独自に築いた「ラグビー文化」が問われる

公開日: 更新日:

 “平尾ジャパン”は、98年にW杯アジア予選を突破するや、99年に、95年大会で準優勝したオールブラックスの一員、ジェイミー・ジョセフ(現日本代表HC)とグレアム・バショップを日本代表に選出し、世界中を騒然とさせた。2人は当時日本でコーチ兼任でプレーしていたが、IRBの「その国に継続的に3年以上居住」という代表選手資格をクリアしての“合法的な”ジャパン入りだった。

 もちろん、IRBは大会後に「ひとつの国を代表した選手は違う国の代表になれない」と規約を改めたが、そんな奇策も奏功せず、日本は3戦全敗でW杯を終えた。

■日本を去ったエディーが率いる豪州準優勝の皮肉

 平尾とともに監督として第2回大会を戦った宿澤広朗は、テレビ解説で全敗したチームを「ニュージーランドのコピーのような戦い方で、日本らしさが感じられなかった」と厳しく指摘。W杯では勝敗だけではなく、その国が独自に築いたラグビー文化が問われると力説した。

 けれども、その宿澤が強化委員長として臨んだ2003年W杯も、スコットランド、フランスには健闘したものの、3戦目以降、中4日、中3日と試合間隔が短くなる変則日程に悩まされて、やはり全敗だった。

 皮肉なことに、この大会の決勝戦で、ラグビー史に残る死闘の末にイングランドに敗れて準優勝したオーストラリアを率いたのが、96年に日本を指導したエディーだった。失った宝は、大きかったのである。 

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