第3話:消えてなくなる
無事に納品も済みしばらく経ったころだ。
藤本氏から私の携帯電話に連絡が入った。
会えないか? と、言う。
指定された新宿のホテルのラウンジに足を運ぶと藤本氏が待ち受けていた。
藤本氏は立ち上がり
「タケシ君、すまなかった」と
いきなり頭を下げられた。
「えっ? どうされたんですか?」
「いやね、俺はね宝石屋って全く信用してなかったんだよ」
「はぁ」
「でね、実はカスミの目を盗んで、作ってもらった婚約指輪を質屋をやっているダチに診てもらったんだよ」
「はぁ」
「値を踏んでもらったんだよ」
「……」
「すると、びっくりするような高値を言ったんだよ」
「……」
「タケシ君、ちゃんと利益取ってるの?」
「はい。正当な利益は頂戴致しておりますが」
と少し堅めの返答をしてみる。
「宝石屋ってさ、原価の何倍もの値付けするって言うじゃない。だからタケシ君もその手合いかな、と思っていたのよ」
ダイヤモンドは先述のカラット、カラー、カット、クラリティの4要素でコストが決定する。従って、他店との価格の比較が容易である。
「何倍付け」などという危険な価格設定はあとあと問題になるかも知れないので、弊社は妥当と思える値付けを行っている。
他店よりは利益率が低いかもしれない。
同業者からは「もっとガツンと利益を乗せないと」、とか「そんな薄利で商売してお人好しだね」、と窘められたこともある。
今回は「妥当な値付け」を行った結果、藤本氏の信用を得ることが出来た。
そして急に改まった感じで、
「そこでタケシ君にお願いがあります」
「なんでしょう?」
「俺は巌って名前なんだけどガンちゃん、て、呼ばれてるのよ」
(知っとるわ)
「でね、ゴールドの太めのチョーカーを作りたいんだよ」
「はい」
「ちょうどこの喉仏のあたりに細かいダイヤ散りばめて“GAN”じゃなくて銃を意味する“GUN”って」
(ダッサ!)
「どう? メチャクチャカッコよくない?」
「はい。もうメッチャクチャにカッコいいです」
心と裏腹の言葉を口にしていた。
「だろう?」
「間違いないです!」
「これ名付けて“GUN”チョーカーね」
(怖っ!)
「それとね」
(まだ、あるのか?)
「バングルもセットでいっちゃおうかと。幅2センチくらいで、ゴールドでさ、これにも“GUN”ってダイヤ散りばめてさ。これは“GUN”バングルね」
ダサいかダサくないかの領域は既に超越していた。
とにかく、非常に有難い注文に相違ない。
比較対象物がない完全オーダーメイドだからである。
幅広のゴールド無垢のチョーカー、バングルにメレーダイヤモンドをパヴェセッティングで。
パヴェはフランス語で「石畳」という意味があることから、メレーダイヤを石畳のように敷き詰めたデザインを指す。
石を整然と並べる技術等、腕の見せ所である。ジュエリーの加工においては受注内容に応じて複数の職人を使い分けている。
今回のチョーカーとバングルは最高のスキルを有する職人を使い、製作期間に2カ月程度を要した。
“GUN”チョーカーと“GUN”バングルをセットで身に着ける満足気な藤本氏を見て「豚に真珠」などという無礼な発想は微塵も過らなかった。