先輩に蹴られてこの世に戻された…浪曲師の真山隼人さん急性硬膜外血腫を振り返る

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浪曲の台本100本以上をすべて忘れた

 10月26日に目覚めると、咳と血痰がすごくて、頭は50針も縫っているし、右耳も骨折していてボロボロでした。そのうえ、重症患者しかいないところだったので、間近で次々人が亡くなるし、夜中はうめき声が聞こえるしで、精神的にきつかった。1週間で体重が10キロ落ちましたよ。

 個室を希望したら、空いているのは特別室だけでした。とにかく一人になりたかったので部屋を移りました。すると、お掃除のおばさんに「ここは、あんたみたいな子が入れるところちゃうで」と説教されました(笑)。でも看護師さんは特別やさしかったです。

 初めは目の焦点が合わず、ぐるぐる回るので気持ちが悪く、起きられても10分が限界でした。言葉も出にくくて、しんどかったですよ。浪曲の台本を100本以上暗記していたのに、全部忘れました。家から台本を持ってきてもらって読んだけれど、記憶は蘇らず、そらんじることはできませんでした。

「また一からか……」とがっかりしましたが、浪曲の台本を使ってリハビリをやっていくうちに、リハビリ室に別の患者さんが聞きに来て、日に日にギャラリーが増えたりして、少しずつ調子を取り戻していきました。

 退院は11月9日です。まだ少し早かったのですが、特別室を別の人が使うので2人部屋に移ってほしいと言われて、「それならもう家でゆっくりした方がいい」とお願いしたのです。

 両親は三重に帰ってくればいいと言ってくれました。でも、一度帰ったら二度と大阪に出てこられない気がして、一人暮らしの部屋に帰り、近所に住む沢村さんにヘルプしてもらいながら体力づくりに励みました。

 飛ばした仕事は30本以上。90日間休んで、翌年1月15日に復帰はしましたが、初めの1年間は途中で頭が真っ白になることが3~4回あり、お客さんに申し訳ないことをしました。とにかく早く復帰しようと、その一心でした。

 飛ばした仕事のところには頭を下げに回りました。すると、次のお仕事がボチボチ入るようになって、おかげさまで今は普通にお仕事させてもらっています。

 常に人に感謝するようになりました。芸人のみならず文楽や狂言の方々からもお見舞いの言葉をいただきました。沢村さんも、よく私を見捨てないでいてくれたと思います。自分は運がいい。

 今もまだ頭は痛いし、右手にしびれがあってお箸持つのがしんどいですけど、感謝を胸に日々生きていこうと思っています。

 原因は今もよくわかりません。外傷性なのでどこかに頭を強くぶつけたのでしょうが、あの朝、酔っていなかったことだけは確かなのです。けれど、お酒はほぼやめました。そりゃもう大酒飲みでしたけどね(笑)。自分が倒れることでどれだけの人が大変な思いをするか身に染みましたから。

(聞き手=松永詠美子)

▽真山隼人(まやま・はやと) 1995年、三重県出身。15歳で二代目真山一郎(当時広若)に入門。2015年、真山誠太郎門下へ移籍。16年に三味線の沢村さくら氏と三味線浪曲を始め、以後コンビで活動するようになった。18年には文化庁芸術祭新人賞を受賞。21年、意識不明から脱した日に大阪市の「咲くやこの花賞」大衆芸能部門に選ばれた。

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