失ったことは悲しいけれど…スタイリストの大日方理子さん乳がん治療を語る
退院5日後には職場に行きビックリされた
術後も痛くはありませんでした。リンパ節まで広がってなかったのが幸いしたのかもしれません。手術だけで、抗がん剤も放射線もなし。入院は2週間を予定していましたが、1週間で退院できました。
その5日後には職場に行き、みんなにビックリされました。家族はそれぞれ出掛けちゃうから家にひとりでしょう? 落ち込みそうだったので仕事しちゃいました。
その日の帰りのバスで、車イスの男性を娘さんが押している光景を目にしました。その瞬間、乳がんで片胸をなくしても、以前と変わらない生活ができている自分に気づいたのです。服を着れば誰にもわからないし、何の不自由もない。失ったことは悲しいけれど、絶望する必要はないと思いました。
ゼロ期と言われたがんが1期だったとわかったのは、術後1カ月してからでした。先生に「全部とってよかったですね」と言われました。
今は1日1錠のホルモン薬の服用だけ。3カ月に1回の通院と、半年に1回のCT検査で経過観察中です。
病気を経験して「自分の感情は自分で決めていい」と学びました。がん告知から、どういう気持ちでいればいいのかわからなかったのですけれど、「乳がん最悪だ!」でもいいし、「早期発見でラッキー」でもいい。そのグラデーションの中で自由に決めればいいことを確信しました。手術の傷に対しても「これは自慢の傷」と決めました。そうすると、鏡の中の自分を見るのが少し楽になりました。
“落ち込まない方法”も発見しました。まず、自分を暇にさせないこと。これは歌手の大森元貴さんが「落ち込んだときどうしていますか?」と問われて、「今、暇なんだなと思うことにしています」と答えていたことに衝撃を受けたからです。「そうか!」と思ってさっそく韓国語の勉強を始めました。推し活もしています。落ち込む時間はつくらない。それが私には効果絶大でした。
もうひとつは“書き出す”こと。苦しいことやモヤモヤは体の外に出した方がいい。私は乳がん経験を「オトナサローネ」というWEBサイトに書くことを決めて入院したので、入院初日からずっと原稿を書いていました。私が元気な患者だったのは、きっとそのせいだと思います。
(聞き手=松永詠美子)
▽大日方理子(おびなた・りこ) 1979年生まれ。お茶の水女子大学卒業後、アシスタントを経て独立。スタイリスト歴23年になる。女性誌やテレビでスタイリストを務めるほか、ファッションライターとしても活動。「オトナサローネ」(主婦の友社)、「女子SPA!」(扶桑社)で連載中。中学生の女の子がいる1児の母でもある。
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