発信したら何か変わるかなと…ガラス作家の大河内愛美さん難病との闘い
内面の美しさを審査するコンテストに出場
つらかったことといえば、小学校、中学校でのいじめです。カフェオレ斑や神経線維腫がある見た目だったので、「おはよう」の代わりに「死ね」と言われるような毎日でした。学校に行きたくなかったです。でも、当時からガラス作家になるという夢が強かったので、何が何でも芸大に行かなくちゃいけないと思って、そのために学校に行っていました。
学年が上がるにつれていじめもエスカレートして、唯一の夢もくじけそうでした。そんなとき、NHKの朝ドラに出演していた俳優の大東俊介(旧芸名)さんに“一目惚れ”したのです。「将来、有名なガラス作家になったら、大東さんに会えるかも」という新たな夢ができて、その思いだけで中学を通い切りました。友人と呼べる人はいませんでしたね。大学でも積極的に友人をつくろうとは思いませんでした。自分がどう見られているのか、怖かったです。
作品の写真を自分のインスタグラムに投稿するようになった2017年、何を思ったか大東さんのインスタグラムの投稿に中学生の頃からファンであることや、今はガラス作家をしていることを書き込みました。すると、私が投稿しているガラス作品に大東さんからの「いいね」が付いて、それがきっかけで、愛知で大東さんの舞台があったときに楽屋挨拶に伺うことができたのです。直接作品を渡すことができて、舞い上がりました。
「発信したら夢はかなうんだ」と思ったとき、病気のことも発信したら何か変わるかなと思って、2018年秋から自分の体の写真とともにレックリングハウゼン病がどんな病気かを発信するようになりました。
2022年には「Beauty Japan」という内面の美しさを審査するコンテストにも出場しました。肌を見られるのが怖いと思う自分を変えたかったからです。胸元の開いたドレスを着て、ビキニ姿の写真や体の病状の写真をスクリーンに映して「こういう病気と向き合っています」とプレゼンしました。エリア大会ではグランプリを受賞し、日本大会へも出場しました。
病の発信を始めてから、自分が気にしているほど、「身体のデキモノ」を周りは気にしないのかもしれないと感じました。病の発信を最初に始めた時も、「そんな事よりも胸大きくない? いいな」みたいな反応が多くて(笑)。
けれど、SNSでの心ない言葉には今でも傷つきますし、病気を知ったら離れてしまうかもしれないと思うと怖いので、相変わらず人づきあいは苦手。心を開くまで時間がかかります。
(聞き手=松永詠美子)
▽大河内愛美(おおこうち・まなみ) 1994年、愛知県出身。小学6年生からガラス作家を目指し、名古屋芸術大学でガラス工芸を学ぶ。卒業後、愛知の瀬戸市新世紀工芸館での制作活動を経てフリーのガラス作家となる。ガラス作家の活動を通して、レックリングハウゼン病の認知度を高めることに尽力している。〈https://www.instagram.com/manamiokochi/〉
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