潔く右胸の全摘を決断…モデル講師の桐嶋カオリさん乳がん手術を振り返る

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一番ショックだったのは脱毛

 抗がん剤治療が始まったのは手術から1カ月後ぐらいです。最初はECという赤い色の抗がん剤でした。1クールを3週間として、ECを4クール、その後、ドセタキセルという薬でさらに4クール、計8クールの抗がん剤治療を受けました。

 初回の抗がん剤投与では数日入院するものだと思ったのですが、その病院は日帰りでした。抗がん剤の前に飲む“気持ち悪くならない薬”がよく効いてくれて、恐れていた気持ち悪さはほとんどありませんでした。

 ただ、投与から2~3日は食欲がなく、だるさでずっと横になる状態でした。立ち上がれるようになる4日目には、白血球の減少を防ぐジーラスタという注射を打ちに病院へ行くのがルーティン。その副作用でまた3~4日動けない生活になりますが、それが過ぎると普通に仕事に行けるくらいに回復します。

 ドセタキセルの副作用としては、口内炎や味覚障害、爪や肌の荒れ、全身のむくみなど。鉛のように体が重い感覚はありましたが、気持ち悪さがなかったからか、印象としてつらかった記憶はあまり残っていません。

 一番ショックだったのは脱毛です。わかってはいたんですけど、毛という毛は全部抜けました。講師という仕事柄、人前に出るので病気のことは公表しました。急に痩せたりむくんだりするので変な心配をさせてしまうのが嫌だったのです。いろんなウィッグを買って、「今日のウィッグはどうかしら?」と髪色や髪形を存分に楽しみました。

 現在は年に1回のエコー検査と半年に1回の血液検査(腫瘍マーカー)をしていますが、薬は飲んでいません。再発もなく順調です。このまま5年経過してくれることを願っているところです。

 いまは自分を楽しもうと思っています。それまでの自分は生活も仕事も完璧を求めすぎて、常に自分を追い込んでいました。特に仕事は競争の世界だったので、周りを気にして無理をしました。でも、いまは余裕を持てるようになりました。家族がいること、仕事があることに感謝しつつ、自分らしく自分のために生活していきたいと思っています。

 過去には脳ドックで9ミリの脳動脈瘤が見つかり、手術を受けてもいます。でも、それもこれも「いい予防ができた」と捉えています。“ネガティブにならずこれから楽しめ”ということだと、前向きに考えています。

(聞き手=松永詠美子)

▽桐嶋カオリ(きりしま・かおり)1973年、愛知県出身。大手キャンペーンガールやレースクイーンを経て、モデル事務所に所属。ファッションショーをはじめテレビやCMで活躍し、演出、構成、イベントディレクターなども経験。現在は名古屋を中心に、大阪、静岡、東京などでモデル育成やウオーキング講師として、子供から大人までさまざまなクラスを担当。第一線で活躍するモデルやタレントを数多く輩出している。

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